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1から10まで言わないようにしていたつもりだった。
だけどどうかすれば1から100くらいまでも言ってたんだろうなぁ

せっかちなものだから、話は聞いてるようで聞いてない、途中で勝手にわかったようなつもりになって決めつける。

困りが出たときが考えるチャンスのはずなのにそれを全部私の頭で解決してきた。その答えがあっているかどうかも分からないのに…

植木鉢。

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母作。

せっかち。

待てるようで全然待てない。
待っているつもりで全然待ててない。

子どもが何に困っているのか、何に悩んでいるのか今すぐ知りたい。

頭でしか分かろうとしないから、すぐに何か返事がほしい。

だけど心で感じることができたならそこに説明の言葉は必要ないのかもしれない。

そういうことを1つ1つ振り返ってみる。

かざぐるま。

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母作。

断捨離。

人から「ありがとう」と言われること。
自分がした何かで人が喜ぶこと。
自分が誰かの役に立てること。
そういうことばかりの中で生きてきた。

自分が多少きつかったり辛かったりしても誰かの助けになるなら、役に立つのなら別にかまわないと思ってきた。

子育てもそう。
子どもたちに私ができることなら…としないでいいことまでもしてきたかもしれない。
手を出さないでいいとこで手が出たり、口を出なさいでいいとこでつい口が出たり…でも私なりにその子たちがもって生まれてきたものや性格なんかに寄りそうようにして、できるだけダメ!とは言わずそれができるように一緒に考えるようにしてきたつもり。

だけどまぁ私自身が育ってきた環境もあるし頑固な性格だし…どれもこれもが上手くいくことはない。

良かれと思ってしてきたことがそうでもなかったり、絶対ダメと思ってきたことが実はそんなことなかったり…

私の中にある固定観念を崩していくときが来たのかなぁ。崩さなければならない、となるとまた私はつい一生懸命になってしまうけど、崩すことで私自身や家族にとって新しいスタートになるのなら楽しんでそれをやってみたらどうだろう。

こうでなければならない、をこっちでもあっちでもいいんじゃない、にすれば向かう先は1つに決まらない。

何かあってもまーいっか、と自分の中で思うようにしてきたつもりだけど、そのまーいっかの範囲が窮屈すぎて本当は全然良いって思えてなかったのかもな~

粘土で花を作ってみたけど、花が力強すぎたので爪楊枝をさして風車にしてみたら、末っ子娘がビュンビュン振り回して遊んでた。

37年間積み上げてきた私の中の固定観念。
固定観念の断捨離。
どれだけの荷物を捨てどれだけ自分が楽になるか…楽しんでやってみよー
だいたい掃除は好きだからね^_^

末っ子娘作^_^

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顔が書けるようになったどー😊

坊作。

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ビール🍺

父と子。

残業続きの父。
寝る時間には帰っては来ないのだけど…帰りをまだかまだかと待つ坊。

夜中に起きてきて、残業から帰って来て寝ている父の横にぴったりくっついて寝る。

休みの日に職場に送ると、着いてきた長女と末っ子娘がパパ〜と泣く。

ん?母と一緒では何か不服でしょうか…(´・_・`)

仕事が大変なのはどうしようもないけれど、子どもたちが家で待っているということがどれほど父の励みになっているかと思うと、それもまた幸せな父だと私は思う。

ガチャガチャ^_^

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坊の同級生の女の子と母作

野菜屋さん^_^

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坊の同級生の女の子と長女作😊