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1月, 2017:

ハローワーク。

ハローワークってすごい分かりやすいネーミング。
こんにちは、仕事^_^

結婚して日田に来たときは無職で、それまで仕事をしていたので1人でぼんやり家にいると取り残された感が半端なくハローワークに何度か通った。市報で募集されているボランティアに応募してみたり…
いざ仕事がきたときには坊がお腹の中にいて止む無く断念。。。

それから12年…
数字で書くと改めてその長さにびっくり…
12年も無職な〜ん
37年生きてきた中で仕事をしたのは中津江での3年と学校での1年…
これまたその短さにびっくり…(´・_・`)

そんなこんなで取り残された感がまたふつふつと湧き上がり試しに⁉︎ハローワークへ。
ま、あの雰囲気、決して試しに⁉︎冷やかしに⁉︎行く場所ではない。。。
スーツのお兄さんが仕事の検索画面とにらめっこしていたり…子連れのお母さんが書類をもって受付をしていたり…相談に応じる相談員の方々も真剣な眼差しの人もいる、じゃない人も…^ ^

私が1番に気になったのはハローワークから帰っていく人たちの表情。
書類を握りしめて顰めっ面の人や嬉しそうにスマホを片手にその報告をしているのであろう人…
探してる仕事が見つからなかったとかしたい仕事に就けた!とかいろんな思いを抱えてハローワークを後にする人たち。

ここからは想像の世界であるけど、もし出口に隠しカメラがあって自分が対応したお客さんの表情が確認できたら、それはなんと嬉しくて恐ろしいことだろうか…だけどサービス業というのは究極なところそれを知ってこそなのかもしれない。

ふふふ
そんな恐ろしい仕事、私には無理^_^
来年の4月には末っ子娘が入園。長かった無職生活にも終止符を打ちたいところだけれど…それまでじっくり自分探しをせねばですな。

お知らせです^_^

Facebook版の森川みどりと森川緑ニュース・リターンズは2月13日に削除されることになりました。
なりました?いや、そういうことにしました。
ここに書いたらいいのかわかりませんが、たくさんの方にお友だちになっていただいてありがとうございました。
ホームページはここにありますので、何かのときには訪ねてきてください(^_^*)

中津江森川緑(しんせんりょく)ニュース・リターンズの名前の由来⁉︎までないけど、森川緑(しんせんりょく)のことが書いてあります。
もう15年も前の描蔵さんのコラムです^_^親分がとっておいてくれたのでこうして振り返ることができます。http://www.nakatsue.com/blog/archives/2002/07/post_219.html

^_^

坊と長男とか長女とかの呼び方の話をしていて…
坊が「そしたら、末っ子娘はビジョやね!」って。
はははは〜^_^

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大変、大変と思い込んでいたのは私だけで、実際にはそんなことなかった。
朝、目を覚ましたときに、おはようが言えて、ご飯を食べているときに、美味しいねと話ができて、寝るときに、おやすみ、また明日と言って布団に入れたらそれで十分だと思えたなら、私は大変どころかこの上ない幸せ者。

子どもたちのことで大変な毎日も1日1日大きくなり、それを全部チャラにしてくれる。

「ママ、車の中のゴミ袋がなかったけん袋もっていっていってねー」
「ママは末っ子娘を抱っこせなけん、僕が荷物持つよ」
「(お風呂で長女が末っ子娘に)あと10数えたらママが着替え終わるけん、あと10数えようね」

その生活の中のどこに辛さや大変さがあったんだろう…

注連飾り。

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以前にも紹介した、丸蔵ふるさと見守り隊の活動写真。1人暮らしの高齢者に送る注連飾りを作ったときのものです。

注連飾り…ちゅうれん飾りってなんだ?と思ったらしめ飾りって読むんだ…
なんと今日知った…
37年と1ヶ月足らず生きてきて初めて知った…

そこで語源由来辞典より抜粋。
「注連(ちゅうれん)」は、中国で死霊が入り込まないよう、水を注いで清め連ね張った縄を意味し、、、とある。

周りからは冷やかな視線で⁉︎見られながらも1年間楽しみながら面白がりながらやってきたFacebook。
Facebookは「now」が大事な気がしていて、とにかく写真を撮って、自分で撮れなければ撮れる人に頼んで「now」を伝えなければ!と1人騒いでやってきた。
で、伝えなければならない相手って誰?
たくさんではないけれどもちろん中津江繋がりで繋がった方もいます。
だからその意気込みもそのときは必要だったのかもなぁ。
だけど…
それらの文章にあとから読み返すほどの内容はなく…
本当はちゃんと大事にしないといけない写真のはずだったのに宣伝のためだけに載せたんだなと今なら思う。
そのことに比べたら注連飾りを読めないくらいなんてことない話。。。本当に⁉︎(´・_・`)

そんなこんなで去年の注連飾りの写真をまた送ってもらった。
ちゃんと書こうと書きまいと本当に誰からも突っ込まれることはほとんどない。たっまーに親分に写真に頼るな、文章を書け、と言われるけれど、それもあまり痛くも?かゆくも?なかったり^_^

だけど…
結婚してからはほんの少しアルバイトをしたくらいで11年ほど仕事に就いてない。
そんな中、私にとっての森川緑ニュース・リターンズは、家事でも子育てでもない、大袈裟に言えば唯一の社会とのつながり。
Facebookに一生懸命になったのもこのホームページがあったからだし、やってみたからこそいろいろ勉強にもなった。

右往左往も一喜一憂も私の得意技ではあるけれど、ようやく方向が定まってきたような気がする。
今年はこのホームページに文章を残そうと思う。
中津江の宣伝のためというよりは記憶になるような、そんなホームページになればいいなぁ。

梅の木に願いを込めて…

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もともと日記を書いたり、思ったことを残しておく作業は好きな方。
それをあとから読み直して、へ~そんなこと思ってたんだとか大変だったよねとか振り返るのも好き。
中津江の時なんかは嬉しかったことや怒られたこと、悔しかったこと、泣いたことを毎日森川みどりの日記として残してもらえたおかげで今でもたまに読み返したりする。

長男のときには生まれた日から毎日日記をつけた。どれくらい飲んだとかゲップが上手に出たとか朝夜逆転して大変だったとか歯が出始めたとか言葉が出だしたとか…
長女のときにもしばらくつけたけど、末っ子娘のときには…書いた記憶もない…
今は専らスマホで打つばかり…
本当は字を書いた方がいいんだよね~どんだけ漢字が書けなくなったか想像するだけで恐ろしいんだけど、、、それにデータとしていくら残っていても何かの不具合で全部消えてしまう時が来るかもしれない…と思うことがないこともない。そんな心配から、というわけでもなかったけど、中津江での採用が終わり福岡に帰る時には森川みどりの日記のページを全て印刷して持って帰ってきた(^^;;
これだけインターネットに頼っているのに確実ではない気がするのは年のせい?…でも日記を印刷したときはまだ25だったし^_^年のせいではない、きっと性格とか育った環境とかのせいかな。
スマホの制限がきてインターネットがつながらないときなんかはそれはそれですんでるし…ないならないでかまわないものなのかもしれない。
Facebookも然り。
乗っ取られたりして自分がいなくなったり、データがとんだりしたら、そこで終わり。
友だちになってもらった何百人もの人ともそこでたぶん終わり。
見えているようで見えていない、繋がっているようで繋がっていない、そういうことなんだろう。
そんなに知らない人たちと繋がりたいのか?という知り合いからの問いに、今なら、そうでもない、と答えるだろう。

今まで培ってきた大切な人たちとの繋がりもまた目には見えないものだけれど、その繋がりが激寒の中でこんなにもたくさんの蕾をつけ花を開かせる梅の木のように確実で凛としているものであることを願って…

梅の木に願いを込めて…

もともと日記を書いたり、思ったことを残しておく作業は好きな方。
それをあとから読み直して、へ~そんなこと思ってたんだとか大変だったよねとか振り返るのも好き。
中津江の時なんかは嬉しかったことや怒られたこと、悔しかったこと、泣いたことを毎日森川みどりの日記として残してもらえたおかげで今でもたまに読み返したりする。

長男のときには生まれた日から毎日日記をつけた。どれくらい飲んだとかゲップが上手に出たとか朝夜逆転して大変だったとか歯が出始めたとか言葉が出だしたとか…
長女のときにもしばらくつけたけど、末っ子娘のときには…書いた記憶もない…
今は専らスマホで打つばかり…
本当は字を書いた方がいいんだよね~どんだけ漢字が書けなくなったか想像するだけで恐ろしいんだけど、、、それにデータとしていくら残っていても何かの不具合で全部消えてしまう時が来るかもしれない…と思うことがないこともない。そんな心配から、というわけでもなかったけど、中津江での採用が終わり福岡に帰る時には森川みどりの日記のページを全て印刷して持って帰ってきた(^^;;
これだけインターネットに頼っているのに確実ではない気がするのは年のせい?…でも日記を印刷したときはまだ25だったし^_^年のせいではない、きっと性格とか育った環境とかのせいかな。
スマホの制限がきてインターネットがつながらないときなんかはそれはそれですんでるし…ないならないでかまわないものなのかもしれない。
Facebookも然り。
乗っ取られたりして自分がいなくなったり、データがとんだりしたら、そこで終わり。
友だちになってもらった何百人もの人ともそこでたぶん終わり。
見えているようで見えていない、繋がっているようで繋がっていない、そういうことなんだろう。
そんなに知らない人たちと繋がりたいのか?という知り合いからの問いに、今なら、そうでもない、と答えるだろう。

今まで培ってきた大切な人たちとの繋がりもまた目には見えないものだけれど、その繋がりが激寒の中でこんなにもたくさんの蕾をつけ花を開かせる梅の木のように確実で凛としているものであることを願って…

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私が中津江でお世話になっているときに、NICEというボランティア団体の活動で日韓のボランティアのみなさんが集まって村の方のご自宅にお邪魔してお手伝いをしたり韓国料理を作ったりという活動が行われました。
そのときに友だちになった韓国の薫くんが私や村の方の名刺を大切にとってくれていました。
この活動後も韓国から中津江まで遊びに来てくれる友だちがいたり、私たちが韓国に遊びに行って観光地を案内してもらった楽しい思い出があります。
あぁ、薫くん、嬉しい投稿、ありがとう(*^_^*)

凧〜

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長女作。
オニの似顔絵〜