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緑のふるさと協力隊の日々

緑のふるさと協力隊員として1年間を津江で過ごすmineの明日の作業予定をほぼ毎日公開。

川崎から愛をこめて

ただいま川崎の実家へ身を寄せているミネです。重ね重ねのご挨拶とはなりますが、津江ならびに日田にお住まいの皆さまにはたいへんお世話になりました。

皆さまへ謝らなければならないことがふたつあります。

ひとつは自分の怠慢と無計画性ゆえ、去年1年間お世話になった方々全員へのご挨拶ができなかったこと!これは最悪です。本当に。

中津江内でも全集落まわって感謝の気持ちとご挨拶を申し上げたかったのに、出発の1時間前まで引っ越し準備にバタバタしていた体たらくで、もう本当に情けなやというしかありませぬ。

もうひとつは、それでもかろうじて挨拶にうかがった先々で「また近いうちに遊びに来ます!」と公言してまわっていたのですが、その約束が果たせそうにないということ。

3月11日、東京は代々木にて緑のふるさと協力隊の総括研修ならびに公開報告会の準備にいそしんでいたおり、震度5強の地震に遭遇しました。

電話も通じず、協力隊員52名のなかには僕も含め、東北に親戚や身内が住んでいる者もおり、情報が錯綜するなか、ただ目前の報告会準備を進めるしかありませんでした。

三陸沖に身内が住んでいる隊員は途中で帰宅。長野県のある隊員の派遣先は3月12日未明の地震の震源地となりました。不安と緊張感、余震におびえる中で、報告会は規模を縮小しながらも日程通りに終了しました。

その後、幸いなことに山形に住む僕の祖父母、仙台に住むいとこたちや友人家族の無事が確認され安堵するも、都心部は停電、食料や燃料の買い占め、そして拡散する放射能への恐怖感から混乱しています。

都市の生活というものはなんて脆弱なのでしょうね。台風が来ても不自由なく暮らすことができた津江の皆さんとは大違いです。スーパーやコンビニの商品棚はいっぱいなのに、米や単3電池やパンだけが空っぽなのです。

それでも「本当に」あらゆる物資が足りない東北の方々に比べれば、こんな事態はなんともない。

今のところ我が家でケチケチ倹約生活の指揮を執る私ミネですが、ある程度事態が落ち着いたら東北へ支援に行きたいと思います。タダ働きなら慣れっこですもの。

「中津江の奴隷」として皆様にもぞがられたミネ、これからは「東北の奴隷」として懸命に働こうと思います。「素人にうろちょろされると目障りだ」と言われたら大人しく首都圏に戻り、こつこつと非生産的な生産活動をしてお金だけ被災地に送ろうと思っています。

そんなわけで当分は中津江に行くことも叶いそうにありませんが、皆様どうぞ健やかに、今までどおり楽しい笑顔の日々をお過ごしください。ミネも笑いたいときに笑います。泣きたいときはわんわん泣きます。

被災地の電話網へも影響があるらしいので、通信設備が復旧するまでは必要な時以外の携帯電話へのご連絡は控えていただいた方がいいみたいです。

今回の震災でtwitterの効力が証明されました。伊達に革命の原動力になっていませんね。ミネのアカウントはbon_zoir。

mixiでもボンゾワールとかミネソワールとかいう名前で生息していますので、フォローやらおともだちやらになってもらうと24時間いろんなことつぶやいてるので、ファンのみんなもこれで安心。

skypeをつかえば通話料無料でミネと会話が!ただし節電と停電でのPCクラッシュが怖いので普段はあまりPCを使っていません。skype名はmine_zoirもしくは bon_zoir。

Facebookのアカウントも持っていますが、上手く使いこなせるようになったら使おうかな。もちろん本名で登録してますので。

そして津江ならびに日田の皆さまへお願いしたいこと。

いつも通りの生活をしていただきたい。買い占めなんてなんの効果もありません。足りなくなったら足りる分だけのお買い物を。

そして節電へのご協力を。西日本で節電をすることの効果のほどは知りませんが、しないよりはましかもしれません。

あと関東以北への荷物の送付は控えてくださいね。東北への支援物資の到着を邪魔してしまうかもしれませんので。

あとはう~ん。考えましょう。自分が生きているうちの利益とかそんな狭い視野ではなく、次の世代がどうすれば安全で平穏な日常を送ることができるのか。広い視野で考えましょう。

もうこれ以上負の遺産を残さない。だれかの犠牲の上に成り立つ社会を作らない。ひとりひとりが世の中をつくっていくんだという自覚と責任をもって行動しましょう。

これはすべて自分への戒めの言葉なんですけどね。

では皆さま、また笑顔で逢える日までお元気で。

バイバイ、中津江!

あー、楽しかった。

胸の内にはいろいろあれど、真っ先に浮かぶのはそんな感想です。明後日の早朝に中津江を発ち東京へ向かうのですが、明日中にパソコンを梱包してしまうのでちょっと早めのご挨拶。

東京では緑のふるさと協力隊の総括研修、そして3月12日(土)には公開報告会、エキサイト☆ふるさと2011がとりおこなわれます。熱狂的なミネファンのそこのあなた、どうぞおっかけに来てください。ミネは見て減るもんでもありませんから。

万が一どなたかが間違って東京まで来てしまった場合に備えて、念のためリンク貼っときます。http://www.n-gec.org/topics/2011/02/2011excite.pdf

う~ん涙なしには読み切れないような感動的な長編感想文でも書こうと思ってたのですが、あいにくとまだ荷物の片付けも終わってねっちゃね~。

というわけで取り急ぎのご挨拶となりますが、みなさま大変お世話になりました。この1年で得たことを生かし、また新たな道を進んでいこうと思っていまする。

っていうか引き続きここにも記事を投稿する気満々じゃき、今後もどうぞよろしく哀愁です。

あけましたよ

遅ればせながら、みなさま覚えておいででしょうか。ミネです。あけましたおめでとうございます。

年末年始雪に覆われた中津江。正直なところ、こんなに雪が多く降るとは思いませんでした。どうやら今年はここ数年来の大雪だったそうで。津江に限らず日本全国が荒れた冬の天気にてんてこまいだそうですね。

さて、そんな年末のある日のこと。

丸蔵集落のとあるお宅にて、味噌づくりをさせていただいたのです。

僕は自家製の味噌づくりを初めて生で体験しました。僕が知る限りでは、味噌を家で作るご家庭は中津江のなかでも半分ぐらいだと思います(あくまでもミネ主観統計)。

そんな中でも、とても珍しい味噌づくりの調理具をこちらのお宅では見ることができたのです。それが写真に写っているこれ。

その昔、日田にあった精肉店が店を閉じた際、こちらのお家にひき肉用の精肉製造器具“MEAT CHOPPER”が払下げ(?)られてきたのです。

当初はお家の人にも「こげなもん置いてあったってしょうがなかっ!」と邪険にされていたこの器具。しかし拾う神もあったもので、ある方がこれは大豆を潰すのに使えるのでは、と天才的な応用的ひらめきをされたそうなのです。

以来、丸蔵集落ではこの器具が重宝され、年末の味噌づくりの際は各家々に貸し出され、それぞれのお宅の味の味噌をつくるのに役立ってきたのだそうです。

ただこの器具、扱う際には細心の注意が必要です。とくに材料の投入口に気をつけないと、回転する鋭利な刃が仕込んでありますので。僕も注意しつつ、じっくり製味噌作業に取り組ませていただきました。

なにはともあれ、とても貴重な体験ができた年末の出来事でした。ふるさと協力隊員冥利に尽きますね。

そんなこんなで隊員としての活動期間も残すところあとわずかですが、みなさま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

SHIMO!

ついつい記事の投稿をなまけちゃう僕ですミネです。

 

連日の草刈り。刈払い機を背負って草を刈り、草を刈りまた草を刈ってたまに庭の植木の剪定なんぞもするけどけっきょくやってることは草刈りで、また草を刈り・・・。

「緑のふるさと協力隊」で僕ほど草刈りに精を出している隊員はいないのではないかってぐらい、草を刈っています。

皆さん覚えておいてね。べつに草刈りのためだけにここに呼ばれたわけじゃないんだからね。

 

さて、そんな草刈りへ繰り出そうとした数日前のとある朝。今日はまた冷えるな~っとすっかり深まった秋の冷気を肌で感じながら道を行くと、アレー。

誰だ、畑や畔に石灰を撒きちらしたやつは!そう思って義憤に駆られて近づいてみると、まっ。

一面を覆う氷。あぁなるほどこれが「霜」ってやつかと合点がいきました。

 

なにを隠そうわたくし、霜を見るのが初めてだったわけです。じいちゃんばあちゃん家のある山形の雪景色なら見慣れてるんですけどね、冬入りの前に地表を覆い隠す霜とは完全に未知との遭遇だったわけです。

野菜にとっては大敵かもわかりませんが、季節の移ろいを感じ取れる秋の朝の景色。なかなかオツなもんですね。

祭りだ祭りだ!

Mineです。僕が中津江に来て驚いたこと。

それは祭りの多さです。

聞くところによると古くから娯楽が少なかった田舎という場所は、日本各地のどこに行ってもたいてい祭りで溢れかえっているそうで。

それにしたってやっぱり多いですよね。

明日は宮園神社で秋のお祭り(演芸)です。これで宮園3大祭りは終了ですね。

本日は座前として祭りの用意をする堤集落の方々(+簾・平・中川内他からも・・・)と、

鳥居に飾るおおきなしめ縄を編んできました。手が痛かったぁー!

とりあえず編み方は教わったので、「あら、ちぃとうちのしめ縄がゆるんどるっちゃねー」なんて方がいらっしゃったらお気軽にミネ隊員までどうぞ。

あくまで教わっただけですので、ほどけてしまっても何の責任も負えませんが。。

(それ以前にあるのか?しめ縄・・・)

写真はそんなしめ縄づくりの様子です。けっこう人出が要るんですよ。

そして同日、中川内では土地の神様のおまつりもあるそうで。

明後日土曜は八所でもあるそうな。

わわわ!なんだか祭り尽くし!

僕もできるだけ、時と場所と存在を耳にした祭りの現場には駆けつけようと思っています。

みなさまもぜひふるってお越しください。

Children Strike Back!

さあさあ今年最初の台風が近づいてきましたよ。
今夜遅くに大分最接近。

我らが愛しのきゅうりちゃんたちは大丈夫でしょうか。
ちと心配です。

機材が運ばれ、丸蔵夏祭りの準備がちゃくちゃくと進む宿泊交流体験館。

市ノ瀬の子ども村から子どもたちとスタッフの皆さんが講堂(旧体育館)に避難してきて、エラい騒ぎです。

まるで丸蔵小学校に子どもたちが帰ってきたかのよう。

遠慮なしにぎゃあぎゃあ喚き、楽しそうにドッヂボールに講じるお子たち。

まるでけたたましい蝉の鳴き声のような、迷惑だけども憎めない夏の風流がここにあります。

子どもたちの逆襲だっ!

mineの動向

緑のふるさと協力隊、隊員mineも最近姿を現しませんが、元気でいるようです。

ちょうどこの時間は、天ヶ瀬に「恋」を探しに行っています。目指せ逆玉。

恋するっ七夕まつり

西から東へ

明日からは日田祇園。二日前にうきはに行きましたらやはり祇園やってました。男たちは仕事場では心ここにあらずというような毎日みたいですね。暑いので大変であろうかと。

さて本題、中津江ではmineの投稿のとおり、明日、西で「子ども村」が、東で「中津江ミュージックキャンプ(NMC)」が始まります。NMCはここ数ヶ月すこしずつ準備してきて、プロデューサーの中村さんは乗り込んでいますので、もう始まっているような気がします。でも本番は明日から。東京、大阪、島根、福岡から続々とミュージシャンやアーティストが集まってきます。地元日田からもワークショップに関心をもって参加してくれる方がいるのも嬉しいこと。気合を入れて行きましょう。

決め事のすくないのは「中津江らしさ」でしょう。どんなイベントを作ってもそんなところに落ち着いていく。それはきっといいことです。何をやるのか伝えにくいというデメリットはありますけど、参加者や見学者がそのゆるさの中でどんな化学反応を起こしてくれるのかが大切だと考えます。ただ「内輪受け」にはならないようにしないとね。オープンに。

mine、昨実は西の準備、今日は東の準備をよろしく〜。力仕事めいっぱい用意してますので。

日田市中津江村市ノ瀬子ども村。

ただいま市ノ瀬にて、毎年恒例の「子ども村」の準備お手伝い中。

県内外の子どもたちおよそ60人がローテーションで2週間ずつ寝泊まりするこのイベント。

1ヶ月にわたり、市ノ瀬には賑やかな御子たちの笑い声、泣き声、喚き声が溢れかえることでしょう。

今日は青年スタッフ(アニマ)の方々と一緒に地元のおとうさん主導のもと、住居やお風呂などの設備を準備しています。

個性的で多国籍な青年たちと協力してのお仕事。

村民の平均年齢だいぶ高めなこの中津江にすっかり馴染んでしまっている僕も、なんだかつられて心身共に若返りつつある気分です。
あくまで気分だけ。

子どもたちが到着し、イベントが本格的に開催するのが今週末から。
ミュージックキャンプといい子ども村といい、
キャンプづくめな夏の中津江村。

金山閉抗後も、特になにをするでもないのに余所から不特定多数の人々を寄せつけてしまう、その摩訶不思議な吸引力はまるでブラックホールの如し、
そんな思わせぶりな中津江村の夏が本格始動したようです。

麦餅つき祭り

午前中は麦餅つき祭りが、宮園神社で執り行なわれました。幸いなことに雨はふらない(午後になってまた降り出しました)。

mineももちろん参加。その活躍の姿を写真でごらんくださいませ。もしかするとここまで脱いだのは、緑のふるさと協力隊の隊員では
はじめてかも。事mineは身をさらして頑張っております。